沿革

 霞ヶ丘游泳会の前身は、昭和30年代に開始された国立霞ヶ丘競技場主催の日本泳法教室でした。当初の指導者には水府流太田派だけでなく、小池流の 方も居りにぎやかな教室だったと聞いています。歴代の指導者には、既に鬼籍に入られた宮畑虎彦、宮畑栄夫、堀内幸雄、今も活躍中の高橋数隆(小池流師範)、中村恵子などがおり、三井俊介もその末席に連なっていました(敬称略)。私(三井)の記憶の範囲では、昭和50年代には70数名のメンバーが 25m×6コースを縦横無尽に泳いでいた思い出があります。

 その後、近年になり同競技場の位置付けが独立行政法人に変わり、それを契機に民間の手でこの教室を運営すべきとの方針が決まり、これまで指導に当たっていた指導員が受け皿の役割を果たすことになりました。

 同競技場が昭和33年に完成してから、それほどの年月を経ずして同教室が始まったことを考えると、歴史と伝統を積み重ねてきた教室だと誇りに思うとともに、先輩指導者や会員に多大の敬意を払う気持ちで一杯です。

2011年1月1日 霞ヶ丘游泳会 代表 三井俊介